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U.S.Japan Business News <生活情報・家庭版>

(1) (2) (3) (4) (5) (6)

(1)  
 1978年、オレンジ郡に移り住んだ私は、子供達も幼かった為、
のんびりと主婦生活を送っていた。そんな私を見込んで、向かい
に住むアミリアからベビーシッターの依頼があった。
 不動産セールスのライセンスを取得し、エイジェントとして働き
始めた彼女は、子供を受け取りに来る度に仕事の話をし、東洋
人の買い手が急増しているので、是非私にもライセンスを取得
する様勧めるのであった。
 今なら、非常に多くの日本人がエージェントとして活躍してい
るので私にも出来るかな、と勇気も湧くが、当時は助言をして
くれる人もなく、まずは、ライセンス学校へ通い始めた。
不思議な縁で、私の仕事のきっかけを与えてくれたこのアミリア
は、その後、私の働いているオフィスへ移り、私が契約を手伝っ
たり、教えてあげる度に、「まさか、ひろ子に習おうとは」と、
大笑いをしている。 
 週3回ライセンス学校に通い始めた私にとって、授業はさっぱり
分からなかった。不動産用語の英語が速くて聞き取れないだけで
なく、英和辞典に出ていない単語ばかりが教科書に載っている。
おかしな事を質問する私に、先生は
「あなたに理解は無理だからともかく暗記しなさい。テストに受かり、
 働き始めれば、自然に分かる。今勉強していることは殆ど関係の
 ないことだから」と励ましてくれた。又、大卒の者には、ブローカー
 受験の資格があると、特に、将来の計画もない私に初めから
ブローカーのテストを受ける様強く勧めてくれた。1年後、私は
めでたくブローカーライセンスを取得した。
  せっかくライセンスを取得したのだから、何年か先、ボツボツ仕事
を始めようと思っていた私は、「1年以内にどこかのオフィスに属さない
と、せっかく取ったライセンスが無効になる」という事を知った。そして
仕方なく近くの不動産屋の門をくぐった。
 ブローカーから、このオフィスに属すには、1週間、朝から晩までの
セールストレーニングをみっちりと受けなければならないと言われ、
又ビックリ。他のオフィスを尋ねる精神的時間的余裕も情報もなく、
やっとの思いで、自分の子供のベビーシッターを探し、1週間のトレー
ニングに参加した。
 時々子供さんを預けにみえた駐在員の奥様に、トレーニングの為、
ベビーシッターは出来ない事を伝えると、家を買いたいから、探して
くれとの申し出。トレーニング中に一軒売買が成立し、非常に幸運な
スタートを切った。


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(2)

  トレーニングは朝8時から5時までと、かなりハードなものだった。
参加者には弁護士からバーテンダー、運転手、教師とありとあら
ゆる職業の人がいて、最年長者は80歳。
又、人が振り返る程の肥満体の婦人もいる。がんばれば誰にでも
出来る仕事なのだな、と思った。皆が親切で、バラツキのある職業、
年齢の人々の間で、アメリカって日本にない良い所があるなと感じた。
  トレーニングの第一の特訓は、「自分が新人である事は、絶対に
口にするな!経験豊かである様に振る舞え」という事だった。「新人
からは親、兄弟ですら家を買わない!」と 先生が言う。何軒売った事
があるからとの客の問いには "We sold a lot"と答えれば良いとの事。
 次の特訓は、"SALE BY OWNER"のサインを見たら、 ともかくドアを
ノックして、家主と知り合いになれとの事。 トレーニングが2日目の
帰り道この"SALE BY OWNER" のサインを見つけた私は、めくらへび
におじずで、ドアを ノックした。初めてドアをノックした家の主は、偶然
に日系 人、そして、なんと名字が同じ木村さん。同じ名字という事が
助けになり、この日系人はとても打ちとけてくれた。 しかし、「家は
自分で売るから」と、あっ気なく断られた。家に帰り、主人に話すと、
「バカ!家を売ったら次に新しい家を買うのだから、その手伝いを
すれば良い」と言われ、本当にその通りだと、翌日トレーニングの帰り
に又、ノックした。「もう次の家を探してくれているエージェントがいる」
と又断られた。「さようなら」と車に向かった私に、木村さんは、ふっと
思い出したかの様に、「この新聞広告の家が見たい」と、小さい切り
抜きを持って来た。
  後日新聞広告の家だけでなく、その他3、4軒案内すると、「ひろ子
の見せてくれる家は私達の好みの家ばかり…」と喜んでくれ、エージェ
ントになって1週間の間に2軒目が成立。
オフィスでは大変ほめられた。私はこの運の良い 2軒がなければ、
エージェントとして働いていなかったと思う。当時は、フリーウェイの
運転をした事もなく、ましてや人を乗せて走る等初めての事、案内の
前には、何回も道順を 練習した。木村さんは私の運転で、恐い思いを
したに違いないと思っている。
  数年後、バッタリ木村さんに会うと、「ひろ子に出来るのだから、私も
不動産セールスの仕事を始めた」とニコニコ していたが残念ながら
長続きはしなかった様だ。 
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(3)

10軒売れるまでは、マネージャーのジェリーおばさんが手伝って
くれた。私の相手側へのオファー提出に、いつもついて来てくれた。
彼女は元教師、教える事は得意だが、 セールスは下手。彼女は
一度口を開くと止まらなくなる 悪癖が有り、必ず最後に
「ひろ子はエージェントになったばかりで…」が始まる。私は
トレーニングに従い、 "We sold a lot"と経験豊かに振るまって
来たのだから、 「ひろ子はニュー エージェント…」が始まると、
心臓は、破裂寸前であった。
  ついに、私は"New Agent…"だけは口にしないで欲しいと申し
出た。「分かった、分かった」と言いながら、彼女は"Hiroko is a
New Agent"とボロッと言う事がその後もよくあった。ジェリーは
65歳を過ぎた現在も元気に働いている。
 仕事を始め、今年で16年目に入った。広告を日系新聞、雑誌に
出している為、お客様は、日本人または日本語を 読む中国人が
多い。日本人と中国人がこんなにも異なるかと驚く事が多い。
その一つに、中国人は日本人より 「お金」に対して考え方が自分
なりに具体的かつ明白 であると思う。日本人は、家を購入または
レントする時、陽当たりの良さ、特に駐在員の方は、子供部屋を
とても 重視する。中国人は、お金が貯まり易く、出て行きにくい点
を重視する。中国人は、家の玄関を中から開けると、前にタテに
通りが来ているTロット、外から開けた時は、階段がドアの前まで
まっすぐ来ている家、玄関の前に 電柱がある家等は、お金が貯ま
らないと考えるらしい。
   このTロットは、銀行からの査定士も少し低く査定する事があるし、
将来、中国系が増加しているところを買うよう な時は売りにくくなる
事も考えられるので買う事は避けた方が良いと思う。家を購入する
時は、明るさ、清潔さを 重視し買ってしまう人が多いが、窓を付け
れば明るくなる し、ペンキ、カーペットの取り替えで、家は見違える
程きれいになるのだから、いくらお金を出しても取り替えられない
このTロット、裏が商店のパーキング場、又は高速道路、高圧線に
隣接しているという様な物件はできれば避けた方が良いと思う。
 また、中国人は、日本人より生活力がかなり旺盛で ある事だ。
家を人に貸す時、日本人家主は、できるだけ支払いのしっかりした
駐在員に貸したいと思い、一般公開さえ控え何ヶ月も待つ人もいる。
しかし、中国人にはクレ ジットさえ良ければ誰でも良いから早く入居
して欲しいと 言い、悪いテナントは、弁護士を使って追い出すから
心配はないと言う人が多い。貸家を10軒近く持ち、奥さんが管理を
一切している中国人を何人も知っている。
  私の存知上げている当地の数人の日系人医師先生方は、お年を
召した今でも、坊ちゃん先生、奥様方も お嬢様奥様といった育ちの
良い方々が多い。家の売り買い に関しても、目の色を変えて値切る
という事はまずなかった。「相手の身にもなって…」という様な事を
おっしゃって サインした先生もいらっしゃる。御自分の医師としての
仕事 に一生懸命で、お金に対しての執着が薄い。しかし私の知る
中国人医師は違った。奥様も、生活力旺盛で、ツバを 飛ばして机を
ドンドンたたいて1000〜2000ドルを値切る。 また、一人の中国人の
金持ちは、アパートを数軒持ち、数百万ドルの現金もあるのに、何か
をコピーする時、いつも 私のオフィスの複写機を使い、「ああ良かった、
ムダ金使わ なくて済んだ。また来るヨ」と言って帰る。しかし、中国人
はなぜか憎めない、何かがさわやかなのである。 
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(4)

  1982年の高金利の頃、私の働いていたオフィスは、エージェント
数が3分の1の30人位に減り、かなり落ち込んだ。しかしその後の
バブル景気を迎えエージェント数も増え続け100人以上に達した。
一緒に働いているアメリカ人のエージェントを見ていると、まあ普通
の日本人では言えない様なウソをポロポロとつく。前日、オフィスで
ブラブラしていたのに「昨日は一日中、あなたの為に家を探した
けれど良い物件がなかった」とか、時間に遅れると、やれ事故だの
交通渋滞だのと言い訳をする。一番腹の立つ事は、たいして良い
売り上げもないのに、「トップ・セールスパーソン」だのと言う人の
いる事である。又、日本人男性の、50歳以上位の特に日本から
おみえになって間がない人々が、こういうアメリカ人で口の達つ人に
ホロリ とまいってしまう事である。これも実力のうちかも知れないが、
私が一生懸命日本語で説明しても首をたてに振らないのに新米でも
白人のブロンドが言うとすぐに、にこにこと首をたてに振ってしまう
事である。84年頃までは、日本人のお客様で、白人崇拝が目立つ
人が多くいて、日本人エージェントを利用するだけ利用して、
ぱっと、白人エージェントに仕事を依頼する人がいた。私だけでなく、
多く の日本人エージェントが、くやしい思いをしたと思う。近頃は
優秀 な日本人女性エージェントが多く、皆バリバリ仕事をしている。
しかし、日系企業で働く日本人女性からは「駐在員は、ブロンド従業
員女性には甘く、我々日本人に対しての態度とは違うのだから…」
とまだ苦情を聞かされる。
 不動産セールスが成功している人を観察すると、無口でも成功して
いる人、押しが弱くとも成功している人、異常な肥満体 の人、学識も
なく、知識もあまりない人等々、ありとあらゆる人がいた。自分にあっ
たやり方で、くじける事なく仕事をしている人々であった。この仕事
は、誰にもチャンスを与えてくれる仕事である。私はある時、誇大
広告をせず、真面目にコツコツ仕事をしようと決めた。コツコツやって
いる事を分かって下さる方が必ずあると 信じた。ある講演で
"Continuity is power"と聞いて、とてもうれしく思った。
  積極的思考、Time Management, Self Displine等々、数多くの
セールスマン用のセミナーに出席し、テープも購入した。私はこれら
のセミナーによって少しは洗脳された。以前は落ち込ん だり、憂鬱な
日のあった私がここ十数年で変わった気がする。お金持ちでも不幸
な人、たいしてなくとも楽しい人生を送っている人、人を傷つけても
感じない人、傷つけていないのに心配ばかりする人、家を買った後、
文句ばかりで心の晴れない 人、大した良い買い物でなくとも大喜びを
する人、忙しすぎて家の事に関心を持たない御主人と一緒に何かを
したくて引越しを考え出す主婦、仕事を通し、本当に多くの方々に
めぐり合い、よその方々の家庭もチラリと見る事が出来た。私は、
仕事を通じ、第一に毎日の心の持ち方がいかに大切であるかを学んだ。 
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(5)
  1986年ごろより私の所属しているオフィスも、私自身も売り
上げが伸び、今から思えば夢のような景気であった。物件が
市場に出れば数日で売れる状況で、買い手にとっては、
どんな物件も大変素晴らしく思えた。ともかく急いで買う事が
大切であった。日本からも87年から90年にかけて多くの買い
手が来米した。市場に出ている物件が少なくなった為、短い
滞米期間中に数軒見て売り手の希望価格でまたはそれ以上
で物件を購入し帰国された。日本のバブル景気のお陰で、私も
センチュリー21の約6000人エージェント中、トップ21位の中に
何度か入り、数多くの賞を受けた。
  92年に世間の人々が景気が底を付いたと言っている時に
ある日系自動車会社の副社長が、さらにもっと悪くなると
断言した。94年秋から95年4月ごろまでが、私の16年の経験
の中で一番悪い時期であった。91年頃より日本に帰国する人、
又は日系企業より不動産管理を依頼される事が多くなり、
管理会社を設立した。バブル崩壊の買い手の数はガクンと
減少したが、管理の仕事は増え続けている。
   不動産管理で、頭痛の種は何といっても悪いテナントである。
テナント選びでは、信用調査をし、過去一年の支払った家賃の
チェックの裏表のコピー、家賃の少なくとも3倍は貯金を持って
いるとの銀行からの証明を見る事にしている。悪いテナントに
なると、現家主の電話番号に自分の友人の番号等を書いて
くる。これでは「良いテナントです」と当然答が返って来る。電話
で尋ねたりせず書面で貯金額、収入等を証明してもらう事に
している。「悪いテナントの対処の仕方」という様なセミナーは
なかったので、対処は全て経験より学んだ。ともかく、レント
未払いのテナントへは、"3Day Notice"を届ける事である。
郵便紛失、病気、失業―どんな理由があるにせよ、この用紙を
届けなければなにも始まらない。言い訳は後で聞けばよい。
今までの悪いテナントの極めつけは、児童虐待防止のノン
プロフィット組織であった。部屋や廊下は上品に飾り付け、
大統領や有名人との写真が多く貼ってあった。 
 不法侵入、家賃未払い、そして、法的手段を巧みに利用し、
家主を脅かす。ボランティアの人々は、医者、会計士、一流
企業で働く優秀な人々がいたが、この組織は、一人の女性が
牛耳っていた。私が調べた所では、お金の流れも不明、又家賃
未払いの常習者であった。日本人はこの組織に一人もいなかっ
たが、日本企業が数社、ここに毎年高額の寄付をしている。一つ
のことを見て、全部がそうだと思う事を偏見だと私は、常々思って
いるが、このノンプロフィット組織を見て以来、慈善団体とか寄付
とか耳にすると不快になる。この団体がテナントにいた一年間は
眠れない日も多く、私の白髪はこれが原因と今でも信じている。
しかし、白髪は多少増したものの少々の悪いテナントにはビク
ともしない強さも経験より身に付いた。


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(6)

  日本人駐在員テナントは、家賃の支払いが良いと評判が良い。
しかし、奥様方は、テニス、ゴルフと忙しく、掃除の 不得意の人も
いる。一般の駐在員位の収入があるアメリカ人は、プロの掃除人
に週1回来てもらっている事が多い。水質が 日本と異なる為か、
ここの水アカは、ゴシゴシこすっても落ち ない。薬品を使用すると
すぐに落ちるのだが…。来米前に日本では、海外生活の為の
セミナーがあると聞いているが、掃除の やり方も是非指導して
ほしい。家の引き渡しの際、引っ越し屋 が掃除をしてくれるが、
あまりきたない家には、引っ越し屋の掃除は役立たない。10軒
に2軒は段取り良く掃除も完璧のA、6軒 はまあまあのBとC。
しかし、2軒位はFという信じ難いきたない家が ある。お風呂のメジ
は真黒、ガラスのシャワードアも何年間一度もふいた事がない様な
曇り方。水道の蛇口は水あかでくち、台所の シンクも茶シブで
真茶色、シャワー室の天井はカビだらけ、カー ペットはシミだらけ。
天井のすみはクモの巣だらけ、くつをはいて生活しているアメリカ人
の家のカーペットの方がずっときれいである。壁紙は、子供さんが
セロテープをはったりはがしたりで 一部ボロボロ。そして台所の
レンジ、その上のファンのフィルターは油でネトネト、台所のカーテン
もねっとり、電気釜やポットも 汚れっぱなし。一流大学を卒業し、
一流企業で働き、経済的 にも家庭的にも恵まれているエリートが、
この様な状態で家を引き渡し、「セキュリティーディポジットは会社が
支払っている から、全額取っても構わないです」なんて言われると、
ああ、この人は勉強ばかりして、人様に借りた物を大切にと誰も教え
なかったのかなと、わびしい気持ちになる。又、奥様方も一流化粧品
で顔は美しくし、やれルイビトンだ、クリスチャンディオール だ…と高価
な品を持ち歩いていても、冷蔵庫の上は一度もふいた事がない…を
見ると、アンバランスを感じる。 何も自分でしなくとも、プロに時々
やってもらえば良いのである。 ひどい状態の家の引っ越しの際、
アメリカ人家主の軽べつのまなざしに会うと、日本人全体が不潔な
人種と思われないかと穴に 入りたくなる。ある人に、「若い奥さん達
は、どうして掃除するか 知らないのだから、薬品等を教えてあげなく
ては…」と言われた事があるがレンジ台のよごれは、こぼした物を
ふかないから生じ ているのである。
  アメリカ人テナントで、明け渡しの際、ペンキをし、カーペット シャンプー
を自費でして、入居時よりもきれいにして出て行った人を何人も知って
いる。アメリカ人の良いテナントの残念な点は、 たいてい1、2年で家を
買って出て行ってしまう事である。
 最近は、私も年を取り、奥様方は、娘の様な感じもし、あまり きたない
家の人には「もう少し良く掃除して下さい」とお願いすると 「友人にも
聞いたけど、そんな要求などされた事がない」「会社の人に尋ねたけど、
掃除は特にする必要がないと言われた」等々反論に合う。いつも誰か
が○○言っているというのである。私は ○○と思うという反論に合う
ことは殆どない。ともかく、会社が支払おうと、誰が支払おうと、自分の
家ならどんなによごしても 構わないが、人様の家を借りているのだから
返す時は、きれいに してほしい。
  ここ20年、アメリカを見る日本人の目が非常に変わった。日本の豊か
さは、アメリカに於ける日本人の態度を非常に変えた。アメリカには、
日本にない良い所、人間らしい所がまだまだいっぱいある。ここに住む
日本人、特に駐在員の方々に、日本人とだけ でなくアメリカ人と友達に
なり良い思い出を持って帰国してほしい。又、アメリカ人にあなたの
良い思いでを沢山残して行ってほしい。            
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